腰椎椎間板ヘルニアで救急搬送→入院しました (1) 脚の痺れが出てから救急搬送、入院が決まるまで

脚の痺れが出てから救急搬送、入院が決まるまで

また久しぶりの投稿になってしまいました。
実は11月10日から23日までの2週間、入院していました。
今回はその記録も兼ねてのエントリーです。

最近は3歳になった息子がいるとPCを触ることもままならず、起きている時に触ろうものなら自分のおもちゃだと思っているので、ギャーギャー言われてまず無理です。。
そして寝た後は私も自分の時間もろくにとれずに寝てしまうような毎日…。

そんな中、7月に身内に不幸がありまして、それをきっかけに疲れがどっと出てしまい、夏の間はずっと体調不良でした。
持病と言ってもいい胃炎と、不眠、腰痛…さらにはメニエール病疑いの難聴など…
ずっとしんどい、しんどいと思いながら四六時中子供と向き合う日々。
消化器科、心療内科、整形外科、耳鼻科…と息子を連れて病院通いばかりで、ようやく少しは楽になってきたのが10月頃。
長かった…。

なんて思っていたのも束の間。
腰痛は慢性的な感じになり、お尻にも痛みが出ることが多くなっていたのですが、突然足が痺れるようになりました。
その1ヶ月ほど前にも同じような症状はあり、その時はお尻をマッサージしたりストレッチしたら良くなったこともあり、軽い坐骨神経痛かーなんて思っていたのですが、今回は違う。
一晩寝ても良くならず、それどころか日が経つにつれてどんどん悪化して、何をするにも涙が出る痛さ。
それでも息子がいる以上は我慢しながら家事育児をこなし、それ以外は横になっていました。
どうせ病院に行っても湿布ぐらいしかくれないだろうと様子を見ていたのですが、3日後には、徒歩数分の整形外科にも息子を連れてと思うと到底無理なくらいに激痛が走るようになっていました。

そして4日目。痛みで眠りも浅く、その疲れもあり午前中から息子と昼寝をしていたところ、ピンポーンと荷物が届き目が覚めました。
受け取るために起き上がろうとしたら、右の膝から下がものすごい激痛に襲われました。
そのまま耐えながら荷物を受け取り倒れ込んだ後は、いつもは数分で治まっていた痺れが一向になくなる気配がありません。
あー、これは本当にヤバイかも。もう立てない…と耐え難い痛みを耐えながら、とりあえず仕事中の夫に連絡。
息子も起きてしまい、もうお昼の時間になっていたし、うんちまでしちゃってるのにおむつもとても換えられない…
夫が帰ってくるまでの1時間半ほどは本当に激しい痛みに悶絶するばかりでした。
今まで経験した陣痛とも、他のあらゆる痛みとも違う、右足の膝から下を、ずっとナイフで突き刺されているような鋭い痛みです。

夫が帰ってきてくれたのは午後1時前。もう何をするのも無理なので、救急病院まで1kmもない距離なのですが、救急車を呼んでもらいました
するとたった数分でピーポーとここを目指して走ってくるサイレンの音が聞こえます。早いなー、助かるーと安堵。
救急隊の人は、まず意識確認としてフルネームを尋ねます。あとは症状の説明、持病や飲んでいるお薬も尋ねられます。
そして受け入れ先が決まったところで搬送となるのですが、何しろストレッチャーが出入りできずハンモックのようなネットに移され、体が固定されないので痛いのなんのって…。
そんなこんなでようやく救急車に乗って、数分後には病院に到着しました。

その病院の救急センターには、息子が熱を出した時にお世話になったことがあったのですが、まさか今度は私が救急車でここに来ることになるとは…って感じでした。。
最初の処置は飲み薬の痛み止め(何かは不明)、全く効かず次はボルタレンの坐薬。これもほぼ効果なし。
まあこういう痛み止めが効かないのは私もわかってるんで、もうちょいどうにかならんのか…と思いながら、忙しそうな看護師さんもなかなか来てくれず、声を出せるほどの気力もなく、1時間ぐらい放っとかれてました(泣)
そしてその後整形外科の先生が来てくれて、お尻の仙骨のところに神経ブロック注射をしてくれたのですが、その体勢をとるにもまた激痛…針をかなり奥の方まで刺されるのでそれもまた痛い…(TдT)
なのに1時間ほどしても痛みは一向に収まる気配がありません。

どのぐらい時間が経ったのかわかりませんが、まだ痛みに苦しむ私に先生が「入院しますか?」と一言。
家族のことを思うと急な入院なんてどうしよう…でも身動きさえとれず、ずっと痛みに苦しんでいるのに、家に帰れるはずもないな…と観念したように「そうですね」と返事をするのが精一杯でした。

(つづく)

腰椎椎間板ヘルニアで救急搬送→入院しました (2)

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